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父と革命とわたし~1











父は、
太平洋戦争のさ中、外国語大学で当時は敵国の、中国語を学び、
戦後迷わず政党機関紙の記者、そして活動家の道を選んだ



家では、特に優しくもされず叱られもせず、
ただ、


選挙が近づくと、ビラ折り、その投函を兄弟で手伝わされた

あるとき、たまたま投函した家の友達から
やんわり


“お前の父ちゃん面倒くせえな”と言われた、

別にそれに腹が立ったり、傷ついたわけでは更々無いし
父親を恥ずかしく思った事も無かった、



ただ、自分は政治には絶対に関わらないと心に決めたのもその時分だった




幼い時は、”コミュニティーパーティー”ってなに??

そのような質問もして両親を嬉々とさせた事もあったが、
物心がつくにつれ、結局は誰をとってもの政治家全体への不信もさることながら、


両親共々、政党の活動、仕事に血道を上げるばかりで
家族の絆は正直希薄だった事への失望感、


大人になって、こう言う家庭は、作りたくないな。
漠然とでも決めてしまった、






また、父はその政治的立ち位置から、宗教母体の政党を根っから敵対視していた、
ある時、我が家に寄付をお願いに来た身体障害者(を装ったと父は見ていた)を玄関先で
猛烈に罵倒し、追い返した。
当時自分にはその意味は分からなかったが、
結局はその宗教団体の差し金で金を無心に来たと理解した。





政治の事では、反発と言うよりは一切啓蒙を受けなかったが
一点そういった信仰宗教 或いはすべての宗教が結局似非だと言う観念は引き継いだ
父の思想は絶対的唯物論で、社会学的、科学的に神、またはらしいものの存在する余地を全く持ってない
マルクス・レーニンに心酔した父に神は無く、お蔭で自分も神仏を信じるのは相当難しい、



迷いもなくで否定できるほど達観もしてないが、かと言えやはり受け入れ難い



政治も宗教も古代から人を三角錐型に管理、統治するためのシステムにしか見えなくて
そこに善も仁義も無ければ、むしろ悪がある、そう見えた、



その分、知恵でサイエンスは理解出来ないのに、
時にホーキンスの、科学は地球を征服するものでは無く
人類を幸福に導くためのもので、決して恐れるものでは無い。
と言う記述に、分けも無くほっとする

真実の無い者が愛や平和を口にして人を懐柔しようとする世も末の世で
科学こそが真実の愛と平和のように錯覚を起こしたりする

自分だって上っ面では哲学や愛の思想を語ろうと思うんだが、
結局腹の底で、その愛と平和の謳い文句に口さがない奴を許せず、




若い時はひたすら粗野で無秩序な振る舞いに徹した





今でもそうだけど、結局自分に信じることが出来るのは






無政府主義、アナキズムしかない
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by c7 | 2015-02-11 19:29 | プロフィール

父と革命とわたし~2






先立って、チェ・ゲバラについて。


アルゼンチン生まれの彼は
広くキューバ革命の立役者として知られていると思う




革命戦士の名において、真のアメリカ主義を打ち上げ
いわゆるアメリカ合衆国の圧政搾取から、全アメリカ大陸を救おうと奮闘した





終焉の地、ボリビアで捕縛され
壮絶な拷問の後、最後の処刑に際しても


眉根一つ動かさなかった伝説もあり



鋼鉄の意思の持ち主とも思われているかもしれない





また一方で、
そもそもチェ、の愛称は



“やあ”とか、“よう”


のあいさつの事で
つまりチェ・ゲバラとなれば、
ややコミカルな印象でもある、気さくなと言うか。



著作名言も数多残したが、


随筆の表現は軽妙なものも多い、またシニカルなジョークも真骨頂と言える
時にアメリカへの憎しみからか少々ねじれた発言もあるが
大抵は洒脱な人間だったと思う。
また、あまり知られていないが
愛する妻に戦地からも沢山の詩を書き、送っていたらしい




彼の主義の発露は、
映画にもなっているが、南アメリカ大陸をオートバイで旅した時に
南米諸国のあまりの惨状に瞠目し、
その元凶はアメリカ合衆国の搾取にあると思うに至るからで



つまるところはアメリカ合衆国に敵対すること



貧困や苦しい病の人間たちを国家として救おうとしたということ

その過程、アメリカと冷戦下にあったソビエト連邦の社会主義とも迎合していく

今現在、ほんのわずかな社会主義国が残ってはいるが
大抵は破綻した。
北朝鮮であれば一握りの上層部が国民を囚人のように監視しているようでもある、し



ベトナムなどは資本主義化することで国益を上げている。

そんな社会主義もかつては国民すべての平和安定を目指して、
民衆も支持していた時期もあったろう。

チェ、は諸国を勢力的に巡り、
卓越したスピーチで民衆を虜にしていく


何しろ自ら密林の中でゲリラ戦の陣頭指揮をとる人間だ、




税金で私物を買い漁るクソのような大臣などとは比べようもない





チェ、は
毛沢東の表敬訪問に中国を訪れている





その時はお互いを認め、握手をしたものだが
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残念ながら
その後、キューバと中国は激しく対立し


カストロは一党独裁の中国共産党を“強盗“呼ばわりした



リベラルを標榜する人の中には
毛沢東とゲバラを並び評価する者もいるかも知れないが
二人の人間の足跡を細かに調べたわけではないとは言え



毛沢東はあくまで政治家



に対して、ゲバラはやはり生来の戦士だったと思う

そこは決定的に違うだろう




また、毛沢東と言う人物についてはその功罪をよく知る者でもないし
敢えて知ろうとはしてこなかった
我が家のような家庭の中では特別な存在だとしても
世の中からは違う声も聞こえた、
独裁者で差別主義だとか・・・
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by c7 | 2015-02-08 06:00 | プロフィール

父と革命とわたし~3





また、父は、組織の関係上
国交回復前の中国とも繋がりがあった

母はロシアンティーを嗜み、
また、家にはハバナクラブなどと言う、
キューバンラムのボトルが並ぶ時期もあった





後日談でしかないが、

父は国交正常化の前に中国を訪れている
使節団の一員として参加したらしい




父は、言えば大仰なタイプの人間だったので
針小棒大な傾向もあり、
誇大な表現をすることも多々あったようで
すべてを信じるかとも言えない。




本人は、
その訪中の際に





毛沢東と握手をしたと言っていた





毛大人の手は、とても柔らかかったと感想を述べた

実際は謁見した程度に過ぎないかも知れないし、
聴衆の一員として壇上の毛沢東を見ただけかも知れない。

ただ、少々ロマンチックに過ぎるかもしれないけれど
僕はその父の話を、信じようと思ったし、
だとすればその手はひいてはチェ・ゲバラと握手した手を握った手となり

その手で、小さいころ抱き上げて貰ったこともあるとすれば
チェ・と言う男の生涯にもまた、ロマンチックに思いを馳せてみたりする





繰り返すけど家での父はほとんど激昂するでもなく、優しさに溢れて見えるでもなく
凡庸に料理を好むような男であったし、
反面仕事として属していた政治団体は、
30年も前は、不穏で不吉な物音もしていた

そんなわけで子供の頃、ひいては今までも父との距離は
あまり近くは無かった、

が。

その死に際し、
自分にも、そして父にも少し腑に落ちた点があった


親父はその人なりに、信じて生きて、
異端ではみ出してもその人であるということに変わりはないし

一方の自分は、はみ出して逆らっても
その男の血を分けられた実の息子
でしかないということ。


いずれ観念はまた変化していくとして



今は父と、思想と、



遺伝子とか血脈とかに少し、決着をつけられた感でいる
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by c7 | 2015-02-07 20:08 | プロフィール

20150118 誕生日翌日イタリアン



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では遅まきながら、
1/18の日曜日の事

“ゴリエがやってた”、と言うと話が早い
チアダンスなんてのを娘がまあまあ楽しくやっていて
その大規模な大会の、最初の地方予選ドリルつのが、この日有明で開催だった

前日は嫁の猫さんが誕生日だったが、気もそぞろ、お祝いの余裕でも無い、とのことで

この大会が終わった日曜の夜ささやかなディナーを用意した


”初挑戦”でも、“凝りに凝った”でもないけど
たまにはこちらにお料理記事も書いた方がいいかと、勝手な使命感もあり
アップします


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1,2年前一度、娘と一緒に作ったピッツァ。
ナポリ風とはいかないが、
その時の感想でも、変なもんが入ってない自然な味とは思った

基本でいて、クラシックな、マルゲリータ
焼き魚用(?)グリルで焼くので形は扁平です、個人的には丸い方が好きだけど。

カプレーゼ、これはバジルのバッツも使って

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この日の晩食はしばらく前にモノは試しで作ってみた、ミラノ風ドリアに集約されるお約束で

名前だけイタリアン、の代表格のナポリタンを作ってみたが、
おちびはピーマンが食べられない、
おまけにウィンナーを入れることになぜか躊躇ってしまい、結果インチキな、もはやただのスパゲティー

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敢えて言うならケチャップゲティー。


そして米入れて作るドリアですから、日本人にとってはある意味メイン。

ミラノ風ドリア(江戸前寿司って言って、カリフォルニアロールが出るようなもんだろう)

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この食事に、赤ワインはポイヤックの名に惹かれてジャケ買いした
CHATEAU BELLEGRAVE

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フランス・ボルドーより




ヴィンテージ2010とそこそここなれてるかと思ったが、
酸味強め、タンニン控えめ
カベルネ主体とあるか、この主体って言葉がミソかもしれない
カベルネのワインとは言い難い感じの味だった。
けど、酸化して全滅したワインの弔いの為には十分だったですね

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これを、おれ半分、よめ半分で完飲す。

最近めっきり酒の弱くなった、とおっしゃる猫さんだが。
なんの、まだまだいけますね
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by c7 | 2015-02-06 12:40 | 家ご飯

弔い酒2015 但馬の酒





親父の火葬も、つつがなく終わった
お骨も家に帰って、ひと段落し、



東京の我が家でも、お弔いをしめやかに


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いわゆる灘の生一本
竹泉 純米吟醸 雄町
兵庫県、但馬より

雄町だけど旨口によ寄り過ぎず
どちらかと言うと、酸が爽やかにワイドに入る
あてずっぽうに買ったけど、いい酒だった

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まだまだ整理することはあるけど、

今ひとたびはここで親父の他界にも一息ついたか
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by c7 | 2015-02-02 13:17 | 美酒