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愛猫ニコからの手紙~父の死、新しい仔

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あちこちで書き散らかしているし
少し整理して、
まとめようと思います


わが家では昨年秋、約9年一緒に過ごした
それこそ娘より先に迎えた雌のソマリ、
ニコと言う猫を亡くした。

それはもう悲しみで一杯で、
思えば無駄な酒さえもかなり飲んだ、
なんにもならないのに他に何も出来なくて。


心の拠り所にまた新しいネコをすぐにとも考えたが心が無理だった
ニコの思い出が寄せて、
悲しいならそれも大切にしようと思い
しばらくは遺骨に花を供え線香を添え、

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写真を眺めて日々語りかけた、ちょっとイタいけどわが子を失ったかのように接した。

それから3か月過ぎて、娘もようやく新しいネコを迎えたいと言い出してくれた。


そこには費用的な問題も勿論有ったし、
それと同じくらいそれ以上、殺処分される動物にも関心が起きた、
これは北海道で猫の保護に懸命になっているホストの人が発信した
“ありがとうわさびちゃん”と言う本、ブログ、ネット画像サイトに感銘を受けたことも大きい。
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それらの余波からかは知れないが、あちこちで猫の引き取りを願う家族が増えているとのこと。

小さな努力かもしれないが、僕もそれを信望する気になった



そんなわけで、
ニコの後釜として新たに迎える仔猫たちは繁殖された販売用の猫ではなく
救護されシェルターで暮らしている猫たちと決めた



去る 1/24
土曜日
そのシェルター施設に行ってきた。
簡単には考えるまいとそれは慎重になるつもりだったが
心無しか思っていた多頭飼い、それに答えるようにケージに収まった二匹の雌猫を見て
娘が、この子しかいないと他には目もくれない、

ちょっと、まだらの、顔も黒いネコだけど、それでも可愛さは満点だった。

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その子たちを迎えようと決めて、


そのとき連絡で父の死を聞いた。

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高齢だったし、死期が近いのは昨年からわかっていたので、
慌てることは無かったが、
それにしてもなんと言う巡り合わせ

生まれ変わりでも何でもないのは承知でも
それにしても偶然にしては出来過ぎのタイミングに
悲しみも喜びもこもごも。

敢えて言えば死も近かった親父の、
命日も必ず忘れないようにこの猫たちもいてくれたような気が・・・ああ、ちょっと感傷的だな。


いずれにしても印象深い、新しい仔猫たちの、家族の一員になった日だった



帰宅後は、すぐはかまえるでもなく、
しばらくはピアノの後ろに隠れてちらっとも出てこなかったが
翌日からは少しずつ探検しに現れ、
もうすっかり冒険野郎になってきました

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ピアノの上のメトロノームをぶった押し、
カーテンにぶら下がりテレビ台の裏で駆けずり回る

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その全てニコが初めて我が家に来た9年前が、走馬灯のよう
その可愛さにハートに灯がつくよ!


美人さで言えばニコは100万倍だけど
それでも新しい、
ココ、チョコ、と名付けたこの仔猫たちも
見ているだけで嬉しい。

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この子たちの為だけでも生きていける気がする。


勿論娘も嫁もですが・。


今度は人見知りだったニコみたいにさせないためにも
どんどんゲストを招いてみようと思っています、
猫が苦手じゃないのなら、ぜひ一報下さい

スパゲティーとピッツァとラザニア作ってお待ちするので


一度ワイン持って遊びに来てください!


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by c7 | 2015-01-26 21:45 | niko

マイウェイ ニコ 佐藤光政





“シナトラってじじいが
マイウエイって歌うたうと、ラス・ベガス中が最高に盛り上がるらしいぜ“




楽器を手にした思春期の頃、もちろんフランク・シナトラなんて聞いたことはなかったが
洋楽かぶれのガキにとっては、そんなアメリカ音楽業界の風聞にもアンテナは向いた

You tubeも、パソコンンはおろかレンタルCDさえ無い30年前、
結局そのマイウェイを聞いたのは成人してから後の事だったし
そのマイウェイが、
シャンソンのコムダビチュードのカバーだと知るのも
もう何年も後の事だった


実際当時は
曲そのものをおちょくってるような
シド・ビシャスのカバーというか、バージョンに
嬌声を上げたものだ。





ところが、
自分の体験をよくよく探ってみると、
小学校三年の時分、
母親に連れられて鑑賞したコンサートで
この歌を、もちろん日本語版のを聞いてたのだ。


その人は佐藤光政というバリトン歌手で
東京藝大の声楽科を出て
パリのコンクールにも入賞もしたが
クラシックに限らず活動した音楽家

今この人の思い出を語るきっかけも、もちろん愛猫の死と関係がある

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感情を抑えるより、泣けるならそれもいいと音楽でも聞こうかと思い
ネットの情報サイトで
“ペットが死んだとき、泣ける曲”というような、ま、こちらも阿呆みたいな検索だが

人が勧める楽曲がこれまた
糞の役にも立たないような、おセンチにもほどがある、自意識過剰のクソみたいな曲ばかり。

こんなの聞いて涙も出なければ、掛けるだけでニコに失礼だ。そう思ったとき、
ふとマイウェイを聞いてみようと思った。
歌詞の中には、(人間だけど)この世を去る上で、
潔く、
辞世の句みたいな言葉もあり、
ニコの死に際しせめて聞くならこれならば赦せた





その時検索で出てきた1つが佐藤光政版だった


あらためて聞いて、この人の歌の正確さというか、技術、
そしてたゆまぬ努力みたいなものが垣間見えて
一つ間違えばおっさん歌謡みたいなこの曲が
まさに神がかって入ってきた。

先立たって書くけど、
こうやって音楽の自慢話めいた文をぶち上げているが
他人てそうそう勧められて音楽を聴くものでもないし
況やSNSでアップされている音楽なんて
ほとんどみな無視しているんじゃないだろうか、
自分自身、音楽は聞きたい時に聞きたいものを聞くのであって
ちょっとでも押し付けめいたものは全く聞かない。

だからこれで人に音楽を薦めているつもりは毛ほども無い
こう書いているのは、もちろん人に伝わる部分があればいいとは思う、けど
結局は自分の記録として書いている、
文章を書くために書いているしそれを読み返すために書いている
文章を淀みなく書けるようになれれば、それは生きる中である種の効力を持つのだ。
また、
出来上がった文章が誠実ならば、その時の自分を正しく映している鏡であり、
それをある日読み直すことは、自分を通過したすべての出来事を正直に残すログに成り得ると思う

自分のブログの有り体というものの神髄はここで、
正確に本当のまま、クソなものはクソとして、
美しいものを賛美することも正直に記録として残す



いま、最愛のニコを失い情緒不安定なんだろうけど
こんな回り道した告白をしてみたりしながら。

しかし佐藤光政

ネット上にあまりにも情報がないのには驚いた
ただ遠い記憶の限り、この人はメキシコの民族音楽や
浪曲、オペラ歌曲など、いろんなフォルクローレに精通していて
エリート風情を微塵も見せず、市井に立ち歌い続けている人
その音楽の表現は、どこか元カシオペアの神保のドラムを思わせる、
革命家、努力家、プロ意識、研鑽。
それでいて傲りがなく、
襟裳岬なんて演歌すれすれなものも、自分の物として伝えてくる。
これこそが音楽を愛しプロとして生きる腹でいる人だと思う。

先述のペットロスで聞く歌。。みたいな中に
千の風に乗って、なんてあったが、
全く箸にも棒にもかからない、
あまりの未熟さに思わずここに貼っておくけど



秋山雅史と言うこの人は親の七光りなのか何だか知らんが
よくこんな歌で映画の主題歌だのと、
世間が持ち上げたのか全然理解できない



心なんて汚くても歌がうまい人はいるだろう、
人間性が欠落した作家と言うのもよくある話だし、
別に紳士が芸術を作るわけではない、

ただ、偽物には歌も絵も文章を書くこともできないと思う。

逆説的に言えば、
出来ないから半端者なのだ。

歌であれ、何かへの愛であれ、真剣に全うできれば、
半端者の誹りは受けないのだ


分からない者には分からないだろう
子供より長く暮らした動物への 愛をこめて。
佐藤光政  MY WAY




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by c7 | 2014-10-06 12:27 | niko

さようならニコ ありがとうニコ いつまでも



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2014 09/29
ニコが永眠いたしました。

八年前、まだ結婚一年目だった私たち夫婦の、時に衝突する若い時代にニコはやってきてくれて、小さな緩衝材となり、かすがいとなり、そうして家族の輪の中心となってなくてはならない存在だった。娘よりも一年早くこの家に迎え、晩年では長女とも呼び、自由な一人っ子の美乃里の、時に辛抱強い遊び相手だった。子猫の時分は好奇心旺盛でいたずらもされた、気の小さいくせに家族以外の人間には容赦なく威嚇し、少々躾のなってないネコでもあった。マンションに住む生活でベランダにも出さなかったし、人間が食べるものに興味を示しても、健康のためと出来るだけ我慢させた。ほかの猫と触れ合ったこともないし、子供を産むこともなかった。動物虐待の記事を読むたび、ペットと言う存在自体も動物にとって本来の幸せにそぐっているのか考えてみた。それでも敢えて家になつき、厳しい生存競争もなく人間の家族として生きれるのなら、それも幸せだと思った、僕らはそのコンパニオンアニマルから純粋な生、についてよほどのことを授けて貰う。愛玩動物なんて無関係だという人間になんと言われようと、私たちはニコを家族として、パートナーとして生きとし生きてきた。そのニコを失って、正直、今ほど涙が出たことはない。

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思い出は多すぎて、飾った写真、収められた写真どれをとってもその日の甦る記録で、ある日突然それを奪われてしまったような気がしている。写真家、藤原新也の言葉に”死はなし崩しに訪れるのではない、ある瞬間に突然襲ってくるものなのだ“の意味が、今はよくわかる。病に侵されていたニコの、体重は少しずつ減り、威勢のいい威嚇もしなくなった、声も日増しに小さくなり、段々とその日が近づいてくるような気もしていた。それなのにやはり死はあっけなく、突然来たとしか思えなかった、それに、端からその心の準備をするつもりがなかった、備えあれば憂いあり、これは僕の細やかな信条だからだ。想像することはそれを起こすことになる、だから不幸なイメージは最初から持たないのだ。そんな思惑などあざけるように、あっさりニコは逝ってしまった。だからこそ今は、ニコは永遠の眠りについたのだと思いたい、死も病も関係はない。ニコは天命尽きて後は眠るだけだと信じている。私たちは、動物を飼う、その時点ですでに多くを知らなければならない、ほとんどの生き物、とりわけペットというのは、人間よりはるかに短命であるし、罹る特有の病気も多い。私たちはその死を看取ることを前提に動物と暮らさなければならない。ペットを失った一部の人は、その死のいたたまれなさが辛いと言う。しかし、暮らす時からそれは分かってはいるのだ、けれどその愛おしさに、死に際して耐え難いのだと思う。けれど、私たちは責任があると思う。自分たちの愛玩動物として生き物を閉じ込めたこと、好むと好まざるに係らず食事を決定したこと、人間に歯向かわないように躾けたこと、それでもその生き物たちが私たちと暮らすことで喜んでくれたのなら、それは彼ら彼女らが与えてくれた最大の贈り物だと思う。それを愛だといまは言いたい。だとすれば、死はさようならであるかもしれないし、また、契約期間の満了と言えるかもしれない。私たちは勝手に同居を強いたペットたちの死を看取り、感謝し送り出す立場でなければと思う。

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先日恣意的に犬の十戒をアップした。そこにはここで駄文を披露しているよりはるかに示唆に富んだ記述があり、そして最後の一文に死の時を見守ってくれとある。
いま私たちの猫はその死の後の静かな姿で、動かずに横たわっている。それを見るたび、情けないほど涙が溢れ止まらない。そしてそれを動物たちは物言わず審判を下しているように思える、最後まで面倒見てくれましたか、と。。動物を愛する人たちが、ある種人嫌いのように語られることもあるけれど、それはやっぱり別の事だと思う。人間こその世界で生きているのは承知の上で、言葉の通じ合わない動物にまた違った愛を感じるとこもあるのだ、自分のペットという存在が特別になるのはもはや理だと、今ようやく思う。

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いつか薄れ、忘れてしまうかもしれない悲しみが確かにあることを、風化させてしまいたくない
そんな思いで、これを書きました。


ニコ、今までありがとう、そして心安らかに眠ってくれることを祈っています



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最後にニコが来た日のブログを添えて
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by c7 | 2014-09-30 20:50 | niko

猫思う故に我あり









ニコが体調をおかしくし、
3週間の対症療法のあと、
結果的には検査後、癌が発覚した。

根絶の道は無く、手術でも全量摘出は出来はしないだろう、と
医者に至って平均的な事を言われ、
かといって医者の首を絞めるほどでもなく、
我々はそれを受け入れて、
それでニコの残された生活を少しでも長くそれよりもなお自然に好きなように
楽しく暮らして貰いたい。


その為に手術も決めたし、
事実、全摘は出来なかった。

医者の聞えよがしの声で”延命は出来た”
の言葉にも殴りかかるつもりも無い。

猫だし
末永く生きても15年、20年の命、
病に文句言っても始まらない。


それでも僕は自分の子より長く側にいたニコを
こよなく愛しているし、来る死を想像するつもりもないし、
ペットロスの本なんか読んで、痛みを逃がそうともう思わない。


まだまだ生きるニコ。
いつまでもいるニコを、今を大事に育てていきます。

治療費もなまじの子供より数段かかるし、
家庭は制約されるだろうけど。

僭越に言えば、子猫のニコを我が家に迎え入れたのは、
僕の独断だった、勿論今は家族全員がかけがえのないパートナーとして
ニコを愛している。


それでもこの先のニコの行く末に責任は自分に有ると思う。

ホストでも汁男優でもやって金を稼いでも構わない、
ニコに出来ること、ニコに少しでも助けになっていくとこを、
厭わずやっていこうと思っている。


動物に関係の無い人には関係の無い事だろうし、
世の中別にかけたい金もあるだろう、


そんな外野は無視して、ニコと暮らしていこうと思います。




ニコが可愛い猫だと思ったら、一票!!!!!


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by c7 | 2012-10-26 18:47 | niko

ニコが黄疸になりまして






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表題のとおり、それ以外何もないのだが


元気があまりなく、食欲も無く、
排便も無いまま一週間、
これはよくないと病院に行ったところ、この診断だった。
事実、尿も白眼も少し黄色い。



まだ7才にもならない家猫の突然の病気は予想外で、
家族の心も痛めた




突然のことからもうすぐ3週間経つと言う今、
漸くそれなりの生活のリズムも見つけ出し、
猫との案外長い闘病生活を共にする心構えも
少々出来たが、
なんと言っても、投薬がキツイ。

キチガイ沙汰に嫌がるニコの口に錠剤を放り込み、
押さえつけて飲みこませるのも不憫だし、
また一方で、粉末を水に溶かし、スポイトで飲ますのも、
口の中がいつまで苦そうで、それも可哀想でならない。
あたりまえだけど、猫に不味い薬を病気の為飲むなんて理解出来るわけも無い。
言って聞かせることが出来ないペット、犬より聞分けが悪いし、
鳥より凶暴だし。
なかなか重労働の投薬だが、頑張って付きあうのはホストの役割だろう


そして日ごとの通院、
診察台では暴れないものの
唸る、威嚇する、そして脅えるニコ。

移動用の籠の中では落ち着かせるように必死に自分を舐めている。


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治療の為、嫌がることもさせなければいけない、それは覚悟の上だが、
せめて家ではのんびり、させてやりたいと思う。


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by c7 | 2012-09-13 12:26 | niko

シャアとなく猫






ここで書くことがめっきり少なくなりましたが

健やかにそして凶暴に。

ニコ



俺を
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番号で
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よぶんじゃねー
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by c7 | 2011-07-04 12:03 | niko

ナチュラルは凄い ~ ニコにまたたび





先日農作業にも手を染めた、
山オのトシボンヌから、
またたびの生木を貰った、ので

愛猫ニコちゃんに捧げてみました。

市販で売ってる粉粉まぶした様なのは、
びくともしなかったのに、

これこれお戯れ過ぎじゃ。


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by c7 | 2010-11-26 14:09 | niko

暗闇にドッキリ、~ 猫なら一度はしてるでしょ






忌憚なく言えば、子供と言うのは可愛いのもので
押し並べてそうかもしれず、

或いは、
我が子と言うのは掛けがえが無いのかも知れない、

夏祭りなど行くと事のほかそう思う。

よそんちの子、ぶっさーーーーー・。

や、
まあ。



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ですが
物言わずまるで成長の止まったような
変わらぬうぶな
猫への愛も、かわらんな~


そこここ見るでしょ、猫の袋好き。


ニコもまた、袋、小箱が大好きなので
こういうの見ると入らずにはいられないらしい。





古い兵法の様に、巣窟の中は安全だからだろうか、
若しくは生き物みな体内回帰は甘いんだろうか?

こういう猫の心理は当たり前の様で実はあまり深く追求されていないような気がする。
どうなんだろう、
藤子先生

ドラえもんも押し入れで寝てましたね。
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by c7 | 2010-08-05 12:10 | niko

スーパービーム 青い稲妻が走る~キノコで無く。







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我がニコちゃん、
ちょっと説明すると、猫種はソマリと言い、
分類ではアビシニアンの長毛種とされる
アビシニアとソマリアはアフリカの隣国です。

そのソマリの毛色を特徴とする種別で
ニコはルディーという猫。(なんかややこしいか)


ルディーは、光線が当たると目が青く光る、
普段目で見る限りではあまり目立たないが、
写真に撮るとこんな眼力が・・・
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そして本気出すと、たまに自分からビーム出してます。
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by c7 | 2010-07-12 12:34 | niko

ニコちゃん ~我思う故に我在り





人間も歳月を過ぎた方が情が沸いたり
愛おしさが生まれる気がします。



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最近富に甘ったれのニコ

何を思う
ひとつ年下の人間の娘にやきもちもあるのかな

愛を乞う猫
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by c7 | 2010-06-16 12:41 | niko