リバー、ブクそれから五郎さん





先日、ライブハウスで、このブログの話になった時、幼馴染から
飲んでるときに書いてるの?
と、尋ねられたのだけど、痛飲ブログの体裁でありながら、実際文章を書いているのは日中しらふの時だ。
夜書いたものもあるにはあるが、必ず翌日校正をしている。
が、今回は飲みながら書くことにしようと思う
今日の記事は酔う、というか、酩酊状態にあることがある種のオマージュになるとかなと思う。
書いているうち、多少の逸脱はあるかもしれないが、僕が標榜し憧れた人たちは、
言えば錯乱状態も各々の表現方法としていた


ディアー中島らも、
ま、それはいつかに置いておくとして。

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リバーフェニックスと言う人




一般的にはスティーブンキング原作の
スタンドバイミーで、タバコを咥えた不良子ども役で
有名になった子役のイメージもあるかも知れない。

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僕としてはB級映画のジミー”さよならのキスもしてくれない”
で衝撃を受けた。
演じる青年はパンクな詩人であり
お坊ちゃんたちの卒業パーティーに乗り込んで
惚れた山の手のお嬢さんにメッセージを伝える為、
糞ったれ(fuck)を連発する詩をステージで披露し、当然後でボコボコにされる。
その姿に度肝を抜かれた。詩って、これでもいいのかと。

詩人はロックだと思えて嬉しかった。

来日した際、うどんさえ鰹出汁だからと拒否した完全なベジタリアンだった彼は



23歳のハロウィーンで、パーティー中
ドラッグの過剰摂取で死んだ。
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この彼の生き様が一つ一つ、あの当時の僕にどれ程生々しかったかは
正直ここで細部までは書けない。
ただ常に重ねあって意識していたリバーがODで死んだ事は
尾崎豊の死より重かった。
その彼が生前最も評価された映画はおそらくマイプライベート・アイダホに違いない。
ゲイとドラッグと路上生活者が交錯する映画で、さ迷う青年を演じきったリバーの姿は同様に重い。

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ちなみにジョニーデップの経営だったそのクラブで倒れ、病院に搬送される救急車の中に
この映画で共演し、もともと路上で親の宗教活動のために歌を歌っていたリバーフェニックス、
急速に親密になったレッドホットのベーシスト、フリーが付き添っていたことはあまり知られていない。
フリーは泣いていたとも言われていた。

そのリバーの追悼記事は、当時色々な雑誌で行われたが
ひと段落ついた頃、エスクァイアにとても素晴らしい記事が載った。

雑誌は手に入れたものの、何年かして引越しの間に消えてしまったが
バックナンバーさえ入手不可能だったこの本、なんと大宅壮一図書館まで行ってコピーして来たものを
以降3度の引越しにも必ず捨てずに持っていた。
それ程この記事と、そしてその次に捲られたページに僕は今も感動を忘れない。


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リバーフェニックスの記事をパラパラと送ると、
とんでもない特集が目に入った。





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聖なる酔っぱらい、


なんだそりゃ、と思う。
しかし、その詩を読んで、10年振りにさらに仰天する、そして瞠目する。

誰なんだこの爺さんは、
土台詩人を美しいもの、若く野性に溢れているものと思っていた僕にとって
この年輪を重ねに重ねたしわくちゃの爺さんは驚きだった。
そして何より飾り気も気取りも微塵も無い
小学生さえ知っているような文章しか使わないで、
何故こんな途轍もない事を伝えられるのだろうかと


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いっぺんで虜になった。

勿論ここには、翻訳者という魂が加味されるわけで、
それはまた僕が外国の翻訳物を好む理由にもなっている、
チャールズ・ブコウスキーの日本語訳されている本は全て我が家の書棚にはあるはずだ。
様々な翻訳家がいて、それぞれの特徴がある。
それらを読んだ上で、
やはり出会いのこの告白(confession)の詩は
当時若く独身だった自分でも泣けた。

その訳詩をし、そして同じく泣きに泣けた人が
前出、9/1にライブハウスで出会った中川五郎さんなのだ。

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五郎さんは元を言えばフォークシンガーなのだろうか
僕としてはそのフォークの姿にはあまり興味は無かったが、何かの折、五郎さんの写真を見たことがあった。
とにかく優しそうな人、
ブコウスキーのぶっきら棒な詩を翻訳するように見えないと言えば確かにそうだ

しかしこれもブコウスキーの本を読めば読むほど、
そのぶっきら棒に書いてる行間に、隠された優しさが見えてくる。
それも五郎さんのマジックではあるかも知れないが。




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ぶっきら棒でとんがっていて糞ったれを連発し、
酔って、ふらふらになり、ぶっ倒れるほどのヤクをする人間、
決して正しい人間では無いだろう、
それでもそこに、愛が溢れているように見えてならない。
どこかの知事になったり、価値を創れとか言う宗教家よりも
僕にとっては魅力に満ちていて仕様が無い人たち。
その気持ちは忘れようが無いが、
でも、少しだけ距離を置くようにしている。


なんと言っても夫であり、そして新米の父である、
このことが今一番の魅力であり、そして責任であるから。

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by c7 | 2007-09-09 00:29 | 愛読愛聴


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